つりびとの雨籠

水辺にいられないときのんびりと書きます

恵みの雨




こんばんは。11月22日月曜日、久しぶりの雨が降っています。
一日中降る雨はいつぶりでしょうか。   
琵琶湖では、渇水が大きく話題になっていました。実際、私が先週と先々週に琵琶湖を訪れた時も、渇水の模様が見られました。



特に姉川水系の河川では水不足が深刻で、この時期には珍しく大規模な瀬切れが発生していました。   
今の時期、10月中旬から11月下旬にかけては、琵琶湖にはビックイベントがあります。 ビワマスの遡上ですね。   
ビワマスは晩秋、水温が低下し水位が上昇する雨後に流入河川を一斉に遡上して産卵します。   
ゆえにこの時期の瀬切れは深刻です。ビワマスたちは、水のある河川を探してなんとか遡上しなければいけません。

ところでビワマスに他のサケ科の魚類と同じような母川回帰性はあるのでしょうか。
あるとしたら姉川で生まれたマスたちはこの状況でどこへ行くのでしょうか。

姉川渇水は、河口を見ただけでも産卵が行える状態でないことがわかるほどです。
そんな状態の琵琶湖でしたが、水のある河川にはビワマスが多く遡上していました。



姉川の近くには、田川という川があります。   
姉川水系の主要な河川は高時川姉川が有名で、どちらも伊吹山地に源流に持つため、豊富な土砂供給があります。  
伊吹山地に多く分布する花崗岩が風化して真砂土となり、川を天井川化させていきます。姉川は総延長のうち8.1kmが、高時川は6.2kmが天井川となっています。

田川は昔、高時川姉川に合流していましたが、この二川とは対照的に田川は源流に大きな山地を持たず、
土砂の供給は少ないです。この三川の流域に大雨が降ると、面白い現象が起こります。

雨が降れば三川とも増水するわけですが、そこで河床の高低の差が姉川高時川の水を田川に逆流させます。いわゆる支川背水ですね 。この支川背水が大規模に起こり、田川の合流部付近で越水が起こってしまうというわけです。
これを解決しようと、田川は高時川姉川に合流させずそのまま琵琶湖に注がせることになりました。

そしてできたのが田川カルバートです。カルバート、すなわち暗渠とは地面の下を流れる川や水路のことを指しあらゆるところでみられますが、このカルバートは河川の下を通ります。こうして高時川と田川は立体交差することになります。

川が立体交差する場所というのはそう多くありませんが、私の住む名古屋には、庄内川から取水した堀川が矢田川の下をくぐる伏せ越しがあります。
田川は高時川をくぐった後、人工的に掘られた放水路を流れて、琵琶湖までたどり着きます。



さて、私が先週ビワマスの産卵を観察したのはこの田川です。前述したとおり源流に大きな山地を持たず、住宅地の中を静かに流れていく河川ですが、多くのビワマスが産卵のために遡上をしていました。
河川の見た目は名古屋に流れる香流川天白川などとそれほど変わりません。水質も特別良いわけではなく、本当に普通の河川でした。

二時間ほどの観察で見られたビワマスはおよそ50尾。全身をくねらせ尾びれで産卵床を掘る雌、互いの体にかみつきながら争う雄、さあいつ生むかというペア、ほぼ全身真っ白にカビが生え力尽きた個体。だれも自分の身のことなど案じていません。まさにすべてをかけて、産卵に臨んでいるわけです。人生で一回きりの、一瞬の大勝負。住宅街を流れる普通の河川がその舞台でした。

20年近く名古屋に住んできた私にとって、その光景は一日中でも見ていられるような衝撃的なものでした。しかし、それを見物している人は誰一人としていませんでした。琵琶湖湖岸の人々にとっては、当たり前の光景なのでしょう。また逆に、ビワマスにとってもこの田川という川に遡上してきてこのように産卵することは当たり前なのかもしれません。



田川は、高時川をくぐるという大工事を経験してきました.

それだけでなく、はるか昔人々が住み始め、水田ができ、町がつくられ、住宅街になっていく、そんな環境の変化をじっと見てきたはずです。

そして田川で産卵するビワマスたちも、そういう変化の中で途方もない時間、同じように遺伝子を伝え続けてきたのでしょう。



当たり前が、当たり前のままであり得るように。

そんなことを思いながらつりびとの夜は更けていきます。



ところで、ビワマスは全長50cm~70㎝と大きく、また鮭の仲間は身近であるため、
このような擬人的な思案を呼び起こしやすいのでしょう。

このような象徴的な生き物に隠れて、姿を消していくものたちもいます。



当たり前が当たり前のままであり得る、それほど簡単なことではないような気がします。



 

 

さあ、今日は雨です。琵琶湖の水位も上がり、生き物たちも一安心といったところでしょうか。

この雨で季節は進みます。冬が始まりますね。